AGS JH23B Cosworth V8 F1 GP Monaco 1989 Joachim Winkelhock
1989年、ドイツ出身のヨアヒム・ウィンケルホック は、兄マンフレッドの軌跡を追ってF1の世界へ挑戦しました。しかし、その年は新規参戦者にとって極めて厳しい時代。エントリーは39台にのぼり、決勝グリッドはわずか26台。そのため週末のフリー走行以前に行われる 金曜朝の予備予選 を突破できなければ、決勝にも出られませんでした。
小さなフランスチーム AGS に加入したウィンケルホックでしたが、開幕直前のテスト走行で フィリップ・ストレイフ が大事故を起こし、チームに衝撃が走ります。代役で加入した ガブリエーレ・タルキーニ が奮闘し、序盤戦では何度も決勝に進出、メキシコGPでは1ポイントを獲得する活躍を見せました。
それに対し、ウィンケルホックはリキモリのスポンサーを背に参戦したものの、7戦すべてで 予備予選落ち。モナコGPの金曜にスポンサーのカラーがほのかに見えただけで、フランスGP以降は参戦機会を失い、F1から去ることになります。
しかし、ここから彼のキャリアは逆転劇を迎えます。DTMやBTCC に転向して勝利を重ね、豪快なドライビングと人柄でファンに愛される存在となりました。その結果、 シガレットをくわえながら表彰台に立つ姿からついたニックネーム“Smoking Jo(スモーキング・ジョー)” の愛称で伝説的な人気ドライバーになりました。








